とりあえず、斎藤さんを介抱するのに、近くの遊郭で部屋を借りることにしたらしい。 そこまで、歩いていくことになったのだけど。 「痛っ………」 一歩踏み出した足に、鋭い痛みが走った。 もしかして、舟から落ちる瞬間、体勢を立て直そうとして、無理に踏ん張ったのがいけなかったのかも。 「君?」 「あ、なっ…何でもないんです!」 山南さんが振り返って、心配そうにこちらを見る。 心配をかけまいと、私は普通に歩き出した。 うっ…………やっぱり結構痛いかも…。 「足、痛めたんだね?」 「えっ……いや…その……」 自分では、普通に歩いたつもりだったんだけど、山南さんにはあっという間にバレてしまった。 「ここから遊郭までは、かなりあるからね。その足で歩くのは無理だよ。」 そう言うなり、私の前でしゃがむ。 「山南さん?」 「さ、乗って。」 もしかして、いやもしかしなくても…これって!? 「遊郭まで背負っていってあげるよ。」 「いや……でも私重いですから。」 急の事に、しどろもどろになってしまう。 背負ってもらうのは、嬉しいけど恥かしいし…。 「女の子一人背負うくらい訳ないよ。気絶した隊士を背負う方が重いからね。」 それはそうだけど…… 「それとも、背負うのが私では嫌かな?」 「そ……そんなことありません!」 山南さんの問いに、つい間髪入れずに答えてしまったので、山南さんがくすくすと笑っている。 なんとなく、翻弄されているような気がするのは、気のせいなのかな? 「では、遠慮しないで。」 「………分かりました。」 私は観念して、山南さんの背に体を預け、首に腕を回した。 山南さんは、軽々と立ち上がると、歩き始めた。 私を背負って歩いているなんて、微塵も感じさせない早さで進んでいく。 やっぱり日頃から鍛錬を積んでいる人は、違うんだなぁ…… 歩き進んでいくうちに、恥かしさがこみ上げてきた。 なんだか、山南さんの背中から、私の鼓動が伝わってしまいそうで。 落ち着こうと思えば思うほど、鼓動は早鐘のようにどんどん加速していく。 このままじゃ、遊郭まで私の心臓が持たないかも…… そう思い始めていた頃、不意に後ろから呼びとめられた。 「山南さんか?」 「えっ……?」 驚いて振り返った先に立っていたのは……… 土佐藩士、梅さんこと才谷梅太郎。 彼は本当の名は伏せ、この偽名を使って、行動している。 「やっぱり、山南さんじゃ!」 「才谷さんじゃないか!久しぶりだね。」 「こがなとこで会えるとは、奇遇じゃのぉ〜」 再会を喜んで盛り上がっていた二人だったけど、ふと、梅さんの視線がこちらに止まる。 「こん女子は?」 「ああ、彼女は君と言ってね。ちょっと訳あって、私達と一緒に居るんだ。」 「初めまして。」 「おぉ〜初めまして、わしは才谷梅太郎じゃ。わしの事は梅さんって呼んでくれて構わんぜよ。」 梅さんは、そう言って屈託のない笑顔を向けてくれた。 「…………で?彼女は山南さんのいい人やか?」 「……えっ!?」 「…………!?」 もう!梅さんってば、なんて質問を! ますます気まずくなるじゃない。 後ろからでは、山南さんの表情は伺えない。 「何故そう思うんだい?」 「いやぁ、おんしが女子と一緒におるんは珍しいことじゃて。」 山南さんは、くすっと笑ったけど、言葉は返さなかった。 ………うわぁ〜どう思われたんだろう。 「それはわしにも、ちゃんすがあるっちゅうことかのう?」 「さぁ?どうだろうね。」 「相変わらずじゃな、おんしは…」 梅さんは苦笑したあと、踵を返した。 「わしは用があるき、これでいぬるよ。会えて嬉しかったぜよ。」 「ああ、私もだよ。」 「さんとも知り合えて良かったぜよ。」 「お気を付けて……」 梅さんは手をひらひらと振りながら、走り去っていった。 相変わらず、進出鬼没というか、忙しない人だなぁ。 しばらく梅さんの後ろ姿を眺めていると、山南さんから声をかけられた。 「君は、才谷さんが気になるのかな?」 「……え?………何でそういう話になるんですか?」 「いや、何となく名残惜しそうに見えたから。」 「それは誤解です!」 山南さんに誤解を受けるのだけは困るもの。 そういえば、さっき梅さんと、不思議な会話をしてたっけ… 「あの…聞いてもいいですか?」 「何だい?」 「さっき梅さんが言っていた『チャンス』って、一体何の話ですか?」 「ああ、あれか。」 山南さんはフッと笑いながら、再び歩き始めた。 「どうやら、才谷さんは、君のことを気に入ったみたいだよ。」 「えぇ〜っ!?」 私の反応が、山南さんの予想に反したのか、彼は不思議そうに顔だけを後ろに向けて、私に問う。 「おや、嬉しくなさそうだね。」 「だって、そんなの困ります。」 梅さんは悪い人じゃないけれど、申し訳ないけれどその好意には応えられないし。 「もしかして、君には既に……」 「えっ……?」 山南さんは途中で言葉を飲み込んでしまった。 「あの、今何て?」 「いや、何でもないよ。気にしないでくれるかな?」 そう言って再び前を向いてしまった。 一体山南さんは、あの後何を言おうとしたのだろう。 それ以上聞くことは出来ず、そのまま皆の待つ遊郭へと向かった。 |